ホーム  > Keihin Stories TOP  > BH型キャブレター【1975】

小さな部品がグローバルマーケットを拓く

USED ON HARLEY-DAVIDSON

一枚の手描きの設計図がある。各パーツの正確な形状はもちろん、スクリューの締め込み量、さらに組付け後の調整方法までが入念に書き込まれたこの図面は、後に供給先の二輪車メーカーの発展とともにケーヒンのブランドネームを世界に広げるきっかけとなる。バタフライ型スロットルバルブ+固定ベンチュリーというオーソドックスなスタイルを持つこのキャブレターの名称はBH型。用途は図面の右下に記されている。USED ON HARLEY-DAVIDSON.

誰もが、ケーヒンを救うのは自分だと思っていた。

「ハーレーのキャブレターをやってみないか?」カナダの商社からそんなオファーが入ったのは1974年のこと。‘71年のニクソンショック・’73年のオイルショックなど、世界経済を襲った激変に当時のケーヒンも例外なく巻き込まれ、開発部門は縮小を余儀なくされていた。

そんな中で舞い込んだオファーに、ケーヒンのエンジニアたちは色めきたった。「ハーレーは有名な会社でしたから、そのキャブレターが設計できると聞いて、気合いが入りましたね」と、当時の担当者は振り返る。もちろん「気合いが入った」理由はそれだけではない。受注できれば、汎用キャブレターの製造でようやく息をつないでいたケーヒンを再び活気づけることができる。自らが率先してその原動力になることを、部門のメンバー全員が心に決めていた。休日返上など覚悟の上だった。米国との時差は15時間。真夜中に打ち出されるテレックスの音を聞きながら、図面を引いた。来日したハーレーのエンジニアは、打合せの3日後に設計図が完成するのを見て「お前はスーパーマンだったのか!?」と担当者を賞賛した。試作品が太平洋を渡ったのは、そのわずか1ヶ月後のことだった。

ミルウォーキーにあるハーレー本社から「試作は好評」とのテレックスが入ったのは3週間後。しかし、それ以上に開発者たちを喜ばせたのは、当初予定していた1000ccエンジンだけでなく、すべてのラインナップにケーヒンのキャブレターが採用されるというニュースが届いた時だった。製品とともに伝えられたケーヒンの性能評価・品質管理技術は、その後のハーレーダビッドソンの世界的な成功を支えながら、ケーヒンブランドのグローバル展開へと続いている。そして、並はずれたクラフトマンシップは現代のエンジニアにも脈々と受け継がれている。

BH型キャブレター